馬越康彦の日記

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母、桜町病院のホスピスに入院する

自宅で最期をと思ってきた母が23日の月曜日から隣の小金井市ホスピスに入ることに決まった。まずはこれまで在宅医療を続けてくださった山崎先生、石巻先生、相河先生、ケアタウン小平訪問看護ステーションの所長の蛭田さん、ナースの小西さん、近藤さん、奥村さん、中川さん、木野さんを始め、ケアタウン小平の皆様に厚く感謝申し上げます。

実のところ自宅で母を看取るのは楽勝だと思っていました。末期がんとはいえ、最期にきて容体が急変するまでは、食事も排泄も本人ができるので、投薬管理とか食事・洗濯・掃除などのルーティンワークをこなしていればすんだのですが、ここ2週間は体調の変化が激しく、トイレもままならず、夜中ずっと私の名前を叫んで起きているので、私の睡眠がままならない状態が続いていた。

いつ容体が悪化するかわからないので、自分に睡眠薬を使うのを避けてきたのだが、疲労が蓄積していって接し方が雑になってしまい、山崎先生のアドバイスを受け入れ、聖ヨハネホスピスへ入院の運びとなった。

NHKで小堀鴎一郎先生の末期がん患者の在宅での看取りを見て、「これなら自分も何とか」と思っていたが、それほど現実は甘くなかった。まさか認知症まで混じってくるとは想定していなかった。

ひとりでひとりを看るというのもつらいところであった。マンパワーがあれば、だれかに3~4時間看ていてもらい、そのすきに仮眠をとるということができるのであろうが、私一人ではいかんともしがたかった。

これから家族を自宅で看取る方は、医療チームとの連携はもちろん、複数の家族もしくはヘルパーさんを交えて、複数で介護することを念頭に置いていただきたい。

自分ですべて賄うことはやはり限度がある。私はマンツーマンで看たのだが、ひとりで複数の人の介護をしてらっしゃる方を思うと頭が下がる。

終わりが見えないというのもつらかった。ここが最後の2週間だよとはっきりしているのならよいのだが、頑張っても頑張っても終わりを迎えないというのはきつい。人の寿命というのは推し量れないのである。

何度か思わず「母はあとどのくらいの命でしょうか?」と、訊いてしまったほどである。先生方にもわからないのである。仕方のないことだが、終わりが見えないのはつらい。

結局最後はホスピスのお世話になることになったが、不思議に後悔はない。やるだけのことはやったというすがすがしさがあるのだ。

図らずも自宅で最期というわけにはいかなかったが、形式的な自宅での最期にこだわってみても仕方がない。大事なのはプロセスであり、何をしてあげたかなのである。

*もっとも本人は自宅にこだわっているのだが・・・。

終わりに近づくと、やはり肉体への執着がすごい。死にたくないの一点張りで、慈悲の瞑想どころではなかった。母がどこの世界へ行くのかわからないが、精いっぱいの務めは果たしたと思う。

まだ終わりではないので、ホスピスへもしばらく通うことになりそうだ。

皆様、どうもありがとうございました。